研究成果
片頭痛発作の前兆をリアルタイム光学計測で可視化
理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(渡辺恭良センター長)生命機能動的イメージング部門の崔翼龍ユニットリーダーと、日本大学歯学部薬理学講座の藤田智史助教、小林真之准教授、越川憲明教授らの研究グループは、片頭痛発作の前兆と考えられている大脳皮質拡延性抑性現象(CSD, Cortical Spreading Depression)を膜電位感受性色素を用いた光学計測でリアルタイムに捉えることに成功し、アストロサイトの密度が高い旧皮質ではその伝播速度が著しく低下することを世界で初めて明らかにしました。
CSDは、大脳皮質での異常な脱分極が波のようにゆっくりと大脳半球全般に広がる現象です。その伝播速度が、片頭痛発作の前兆期に現れる視覚障害の一つである閃輝暗点(せんきあんてん)の経時的な変化と一致することから、片頭痛前兆の機序として注目されています。CSDが起きると、その発生領域では集団的な脱分極により細胞外のK+やグルタミン酸などの興奮性アミノ酸の濃度が上昇します。これらが隣接領域に拡散して次々と脱分極を引き起こし、波のように広がることから、CSDの伝播速度は大脳皮質の興奮性(excitability)を評価する有力な指標にもなり得ます。
研究グループは、脳内環境の恒常性維持に関わるグリア細胞とCSDの関係に着目し、大脳皮質の一領域である島皮質の解析を試みました。島皮質は、新皮質と旧皮質が段階的に移行する領域であり、島皮質の背側部は新皮質の典型的な6層構造を示す一方、腹側に移行するにつれ、徐々に旧皮質の層構造を示すようになり、グリア細胞の一種であるアストロサイトの分布密度も徐々に増加するという特徴があります。細胞の膜電位の変化を捉える色素でCSDをリアルタイムに観察したところ、アストロサイトの分布密度の増加に伴って、旧皮質ではCSDの伝播速度が著しく低下することを初めて明らかにしました(図)。これはCSDが、グリア細胞の密度といった組織構造の影響を強く受けることを示唆します。また、島皮質は味覚や嗅覚の情報処理を行っているので、本研究の成果から片頭痛発作を伴う味覚異常の頻度が、閃輝暗点などの視覚異常よりも遥かに低いという臨床所見が裏付けられます。
本研究で確立したCSDの伝播速度を評価する実験系は、今後、大脳皮質の興奮性に対する新規化合物のin vivoハイスループットアッセイ系としても期待できます。
本研究成果は学術雑誌「Cerebral Cortex」に掲載されました。
原論文情報:
Satoshi Fujita, Naoko Mizoguchi, Ryuhei Aoki, Yilong Cui, Noriaki Koshikawa and Masayuki Kobayashi.
“Cytoarchitecture-Dependent Decrease in Propagation Velocity of Cortical Spreading Depression in the Rat Insular Cortex Revealed by Optical Imaging”
Cereb. Cortex (2015) doi: 10.1093/cercor/bhu336 First published online: January 16, 2015